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2022年4月28日木曜日

第8回武蔵野三田会美術クラブ展を開催します。


 新型コロナウイルス感染防御のため、2年間にわたり開催を見合わせておりましたが、いよいよ2022年は開催の運びとなりました。

会員一同、出品に向け準備に励んでおりますので、お近くにお越しの際は、お立ち寄りいただきご高評いただければ幸いです。

2022年4月13日水曜日

【世田谷区北烏山寺町通りを歩いてみました】

世田谷区北烏山寺町通りを歩いてみました


不許葷酒入山門と戒壇石を建ててお酒や臭いの強いものを境内に入れることを禁じているお寺は多いけど蕎麦を境内入れないとするお寺があると聞いたので、珍しく思い調べてみると世田谷の北烏山に「寺町通り」と云う通りがあり、そこにあるお寺だと分かりました。

お寺が集まっているところを寺町というのはよく聞きますが「通り」の名前にまで「寺町」が入るのは京都ならいざ知らず東京では珍しいこともあって少し歩いてみようと思い先日出かけてみました。

北烏山の寺町通りは井の頭線の久我山駅と京王線の千歳烏山駅のほぼ中間地にある北烏山2丁目から6丁目までの1.5㎞程度の距離に26の寺院が軒を連ねている通りです。この寺町が出来上がったのは関東大震災(大正12年:1923年)の後に浅草・築地・本所・荒川など都心から移転してきた寺院が集まったことが始まりとのことで、この「通り」のあたりは小京都などとも云われているらしいです。なお、この通りの南の端は中央高速道路の処で、そこに寺町通り区民集会所があり寺町の歴史や26の寺院などについて紹介するマップなどがありました。


寺町の特徴的な寺院を幾つかご紹介してみたいと思います。


一心山称往院(浄土宗)

慶長元年(1596年)に開山。もともとは湯島に創建されたが明暦の大火で浅草に移転、関東大震災で罹災し現地に移転した。俳諧人の宝井其角の墓があります。

境内に不許蕎麦地中製之而乱当院之清規故入境内と刻まれた石碑が建っており、「蕎麦禁制の碑」と呼ばれています。これには以下の由来があります。かつて浅草時代の称往院の境内に道光庵という塔頭があり、道光庵の庵主は信濃の出身で蕎麦打ちの名人と評判だった。当初は檀家にふるまっていたが美味しいと評判になり蕎麦を目当ての人で賑わうようになった。しだいに人が集まりすぎるようになり本来の寺の活動に支障をきたすようになったため住職が蕎麦の提供を禁止し、その旨の石碑を建て蕎麦を締め出したとのことです。

現在蕎麦屋の屋号に「○○庵」とあるのは、この道光庵の蕎麦の故事の名残だそうです。

宝井其角の逸話としては、赤穂浪士の討ち入り前夜に其角が四十七士の一人大高源吾と両国橋で会い煤払いの笹売りに身をやつした姿を憐れむと同時に風流の心を失っていないかと思い「年の瀬や水の流れと人の身は」と詠んだ、これに対して源吾は「あしたまたるる宝船」と返して討ち入りをほのめかしたというものがあり、歌舞伎の演目にもなっており両国橋のたもとには大高源吾の句を刻んだ碑が建っています。

 瑞泉山高源院(臨済宗大徳寺派):

境内にある泉水(弁天池)が「烏山の鴨池」として「せたがや百景」に指定されています。この池は、品川から当地に移転した時に境内に泉水を掘ったところ水源を掘り当てたもので、地下では井の頭の池の水源と繫がっており井の頭池の水の増減がこの池の水位に反映するそうです。

また、このお寺は当初品川にあり東海寺(沢庵和尚が創建者)の塔頭で、筑後久留米藩有馬家の菩提寺であったことから板垣退助の一族の墓もあった。なお、移転した品川の跡地には品川神社が建てられているが、板垣退助の一族の墓だけは高源院の寺領として品川神社の裏手に残っています(板垣退助の50回忌を記念して顕彰会が建てた佐藤栄作揮毫の記念碑もあります。)。

霊照山蓮池院専光寺(浄土宗単立寺院):

江戸初期の慶長9年(1604年)に品川に創建されたが馬喰町の移転し明暦の大火に会い浅草に移転関東大震災で焼失し現地に移転と転々としたようです。
このお寺には東京都の旧跡指定を受けている北川歌麿のお墓がありました(浅草時代に北川家の菩提寺になったとのことです。)、なお、歌麿の子孫は絶えてしまっているとのことです。

妙祐山幸龍寺(法華宗):

創建は天正年間で当初は浜松にあり後に駿府に移り天正19年に江戸湯島に移築され徳川家の尊崇が篤かったとのことです。関東大震災に罹災し1927年に烏山に移転。境内に君が代に歌われている「さざれ石」があります。

 春陽山永隆寺(法華宗):

徳川家康の囲碁の師であった利玄院日義上人が家康から神田に寺領拝領し創建したものとのことです。その後谷中、本所を経て現在地に移ってきており境内には人間国宝の三遊亭圓生の墓があります。また、家康の側室である養珠院殿お万の方(紀州徳川家および水戸徳川家の家租を産んでいるので水戸光圀や八代将軍吉宗の曾祖母にあたります)から寺宝の神保大黒天を拝領したとのことです。

 

常徳山玄照寺(法華宗):

慶長19年に芝白金に創建され昭和2年に当地に移転した。寺の縁起によれば豊臣秀吉の朝鮮出兵の折に加藤清正に捕らえられ育てられた朝鮮の王子のうちの一人が創建したお寺とのことです。このお寺の枝垂れ桜が有名とのことで立ち寄りました。桜の木の上部が切り落とされていたのが少々残念ですが、なかなか美事でした。


本覚山妙寿寺(法華宗):

創建当時は谷中にあり寛文2年(1662年)に現在の江東区猿江に移転し関東大震災で当地に再移転した。寺町通りの寺院の中では最初に移転したお寺の一つとのことです。このお寺の梵鐘は1719年(享保4年)当時著名な鋳物師藤原正次(通称釜六)によって鋳造されたものとのことです。また客殿の建物は麻布狸穴にあった蓮池藩鍋島家の住宅を譲り受けたもので世田谷区の指定有形文化財とのことです。


【寄稿】(1962法)梅川芳宏



2022年4月10日日曜日

武蔵野三田会・三鷹三田会 第2回合同ゴルフコンペ結果報告

 『武蔵野三田会・三鷹三田会 第2回合同ゴルフコンペ』が4月8日(金)に八王子C.C.にて開催されました。当初は44名が参加予定でしたが、最終的に武蔵野三田会より18名、三鷹三田会より21名が参加し総勢39名にてOUT 及び IN から9:03~ 5組ずつ同時スタート、遠く丹沢の山々が眺望できる晴天にて最高気温20°C、風速4~7m/sと絶好のゴルフ日和の下接戦が繰り広げられました。
2022年4月8日(金)@八王子C.C. 試合前の集合写真


今回も新新ぺリアを採用し実力と運が試されましたが、武蔵野三田会の鷲田忠保さんがホームコースにて堂々の優勝(Gross 99 HDCP 25.6 Net 73.4)に輝きました。

3月末頃に満開となった桜もまだまだ見頃で、
お花見をしながら桜吹雪の中でのショット・パッティングもなかなか風情のあるものでした。
3番ホールからの桜→
13番ホール桜吹雪の中のプレーは圧巻でした・・・













両三田会のNet Score上位5名のscore総計による対抗戦は、武蔵野三田会が383ストロークで三鷹三田会に僅か0.8ストローク差で勝利に輝き、前回の雪辱を果たし参加費の残金を獲得しました。

第3回合同ゴルフコンペは2023年10月に八王子C.C.にて開催致します。更に多くの方々にご参加頂き盛大な大会にしたいと思っておりますので、何卒宜しくお願い致します。


2022年4月3日日曜日

グルメの会 2022-3-12 & 2022-3-26

 2021年度のグルメの会は、コロナ禍の下で4名/tableという厳しい条件がある事より、例年と異なり2回に分けて六本木ヒルズ 森タワー51階にある会員制六本木ヒルズクラブのイタリアンレストラン la cucina で開催致しました。

スリーショットその2
◆第1回目は3月12日(土)に、常連の菊池ご夫妻が急遽参加を取りやめたため、最終的に9名にて開催されました。
スリーショットその1


ラムチョップのグリル
スリーショットその3

鮮魚のグリル 香草バターソース




                     第1日目集合写真

◆第2回目は3月26日(土)に、8名が参加して開催されました。

ツーショットその1

ツーショットその2

ツーショットその3

鮮魚(真鯛)のグリル レモンとハーブのソース

はかた地鶏のトマト煮込み



ツーショットその4
第2日目集合写真
両日ともあいにくの曇り空でしたが、地上240mよりの眺望を楽しみながらのイタリアンは格別で、またそれぞれのtableでの話題も盛り上がり、素敵な2時間を過ごす事が出来ました。

会食後の森美術館

会食後には有志の方々が、森美術館で2月18日より開催されている「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」を鑑賞して、結成以来17年間鋭い批評精神と大胆な行動力で現代の社会問題に切り込んで来た6名からなる集団によるプロジェクトの数々から、パンデミックに見舞われた世界をより深く考えるきっかけを掴んだ事でしょう。
都市と公共性から


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世話役の平尾さん

ヒロシマ