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2018年12月21日金曜日

第6回武蔵野三田会美術クラブ展

武蔵野三田会美術クラブでは、第6回展を2018年12月6日から11日までの6日間、武蔵野芸能劇場で開催いたしました。
絵画は、11人の会員が27作品を出展、書は、3人の会員が9作品を出展いたしました。
会期中のご来場者は250名近くにのぼり、中には武蔵野市に引っ越したばかりなので、武蔵野三田会に入会したいという方々もいらっしゃいました。
2019年の第7回展に向けて着々と準備を進めていく次第です。

Facebook では過去のクラブ展も含めて公開しておりますので、よろしければこちらもご覧いただければ幸いです。





2018年12月12日水曜日

ボランティアの会 新入会員

武蔵野三田会 新入会員でボランティアの会を希望されている河野さんに活動についてご説明し、ボランティア参加に関する希望を聞きました。ボランティアに関心が高く、誰のために何をするのかをしっかり説明し、納得してもらえたと思います。比較的時間の融通がきき、ホームページやウェブなどにも強いので、クリーニングや配送準備、贈呈式参加、イベントスタッフのほかにも、いろいろ幅広く活動を助けてもらえそうです。早速来週の6家電クリーニングにも参加いただきます。

大手企業を辞めて武蔵野市の地元で自営業を始めたことなど、事業についても、いろいろ話が拡がり盛り上がりました。 「爪切り屋ぱちぱち」では、足の爪切り+巻き爪ケア、角質ケア(タコ・ウオノメ)をしてくれるそうです。足の健康をしっかり考えたドイツ式フットケアでツルツルピカピカの足にしてくれるこのサービスは手のネールと違い地味ですが、ニーズは高いみたいです。お年寄りだけでなく、足の健康面でお医者さんにかかる手前の人や爪で困っている人からも喜ばれ、手応え・やり甲斐があるとのこと。前かがみが難しく、爪がお腹で見えない人、爪にこだわりのある人もお客様だそうです。

河野亜美さんプロフィールhttps://www.tm88.jp/%E6%96%BD%E8%A1%93%E8%80%85%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

爪切り屋ぱちぱち 080-4576-2288 (訪問ケア主体・レンタルスペースでも施術) 

ボランティアの会
世話人 鈴木邦明
090-7198-5141

2018年12月9日日曜日

梅川会長ご夫妻から炊飯器(1.5合)・扇風機×2・ホットプレート・食器(含.バザー用)などの寄贈

本日、武蔵野三田会会長の梅川様ご夫妻から炊飯器(1.5合)・扇風機×2・ホットプレート・食器(含.バザー用)などを寄贈いただきました。児童養護施設を巣立つ若者たちに活用してもらいます。ありがとうございました。

コーヒーをごちそうになり、児童養護施設からの巣立つ子どもたちについて話しこみ、ついつい長居をしてしまいました。

また、6家電のクリーニングにも武蔵野三田会ボランティアの会から多数参加いただきます。よろしくお願いいたします。

ボランティアの会
世話人 鈴木邦明

2018年12月5日水曜日

【寄稿】八幡の藪知らずを訪ねて

「八幡の藪知らず」を訪ねてきました。

議論をしていて出口が分からない堂々巡りになった時に ‘八幡の藪知らず’ と云うことがあります。
子供の頃、祖母から一度入ったら出ることができなくなる藪と聞いて怖いところだと思っていましたが、一度は訪ねてみたかったので、先日この禁足地を訪ねてみました。

藪を背景にした不知森神社
不知森神社境内

現在の全景です。横幅はともかく縦幅が10間は?
総武本線・都営新宿線の本八幡駅から徒歩5分、千葉街道(国道14号)に面してあり、現在も立ち入ることはタブーになっていますが、不知森神社(シラズモリジンジャ)の一角のみ立ち入ることができます。もともと江戸時代でも縦横10間(18m)四方の竹藪だったそうですが、現在もあまり変わらない大きさでした。

藪知らずの伝承が書かれています
立入禁止の伝承は少なくとも江戸時代には存在していたが、その根拠は諸説があるようです。例えば、日本武尊の陣屋・平将門の墓所、将門の家臣(将門の首を守り続けて泥人形になった)の墓所など当該人物の祟りのため立入禁止となったという説、水戸黄門が迷って出られなくなったという説(迷ったときに会った老人に貴殿は間違って迷い込んだので今回は許すと云われ突然外に出られたので禁足地にして誰も入れないように指示した。)、この地に死んだ動物を供養する葛飾八幡宮の池があり、むやみに入ってはいけないとされていたが供養の行事がなくなって入ってはいけないという部分だけが残ったとする説や毒ガスが出ているとか底なし沼があるなどの諸説があるようです。

この ’八幡の藪知らず’ の前の千葉街道を挟むようにして「八幡」の地名の由来と言われる葛飾八幡神社がありました。
創建は平安朝の寛平年間(889~898)で京都の石清水八幡宮より勧請され下総の総鎮守八幡宮とのことで、大変立派な神社でした。

ここ神社の御神木は国指定の天然記念物である「千本公孫樹」という巨木で、江戸名所図会にも記録されているそうです。

葛飾八幡神社
千本公孫樹
縁結びの御利益や乳の出ない人が乳房型の瘤を削り煎じて飲むと乳の出が良くなるという言い伝えがあるようです。
また県指定の有形文化財である梵鐘(1321年に鋳造)がありました。

                                


                                       【寄稿】梅川芳宏(S37法)