「八幡の藪知らず」を訪ねてきました。
議論をしていて出口が分からない堂々巡りになった時に ‘八幡の藪知らず’ と云うことがあります。
子供の頃、祖母から一度入ったら出ることができなくなる藪と聞いて怖いところだと思っていましたが、一度は訪ねてみたかったので、先日この禁足地を訪ねてみました。
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藪を背景にした不知森神社 |
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不知森神社境内 |
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現在の全景です。横幅はともかく縦幅が10間は? |
総武本線・都営新宿線の本八幡駅から徒歩5分、千葉街道(国道14号)に面してあり、現在も立ち入ることはタブーになっていますが、不知森神社(シラズモリジンジャ)の一角のみ立ち入ることができます。もともと江戸時代でも縦横10間(18m)四方の竹藪だったそうですが、現在もあまり変わらない大きさでした。
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藪知らずの伝承が書かれています |
立入禁止の伝承は少なくとも江戸時代には存在していたが、その根拠は諸説があるようです。例えば、日本武尊の陣屋・平将門の墓所、将門の家臣(将門の首を守り続けて泥人形になった)の墓所など当該人物の祟りのため立入禁止となったという説、水戸黄門が迷って出られなくなったという説(迷ったときに会った老人に貴殿は間違って迷い込んだので今回は許すと云われ突然外に出られたので禁足地にして誰も入れないように指示した。)、この地に死んだ動物を供養する葛飾八幡宮の池があり、むやみに入ってはいけないとされていたが供養の行事がなくなって入ってはいけないという部分だけが残ったとする説や毒ガスが出ているとか底なし沼があるなどの諸説があるようです。
この ’八幡の藪知らず’ の前の千葉街道を挟むようにして「八幡」の地名の由来と言われる葛飾八幡神社がありました。
創建は平安朝の寛平年間(889~898)で京都の石清水八幡宮より勧請され下総の総鎮守八幡宮とのことで、大変立派な神社でした。
ここ神社の御神木は国指定の天然記念物である「千本公孫樹」という巨木で、江戸名所図会にも記録されているそうです。
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葛飾八幡神社 |
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千本公孫樹 |
縁結びの御利益や乳の出ない人が乳房型の瘤を削り煎じて飲むと乳の出が良くなるという言い伝えがあるようです。
また県指定の有形文化財である梵鐘(1321年に鋳造)がありました。
【寄稿】梅川芳宏(S37法)
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